——ザァ、と雨の降る音が聞こえる。
締め切ったカーテンの向こうから聞こえてくる音が煩わしくて、瞼を強く閉じる。 目を閉じたまま、寝る前に枕元へと放った(と記憶している)スマホを手探りで探すが見つからず、ようやっと渋々目を開けた。 薄暗い部屋の中で目を凝らし、充電器にも繋がれずに床寝を強いられていた哀れなそれを拾い上げる。寝ている間に落ちたのだろう。持ち上げられたそれは、健気にも残ったバッテリーを振り絞ってパッと画面を表示する。 薄くヒビの入ったディズプレイには、早朝と言うには早すぎる、まだ日も昇りきらないような時刻と真っ赤な電池アイコンが、悲しげに表示されていた。 あァ、昨日はどうしたんだっけかと思いだそうとして、左目の奥がズクリと疼いた。 いつものこととはいえ、どうにも煩わしい。体の表面の傷ならともかく、内側が疼いて痛むのにはいつまでも慣れることができなかった。 「……クソっ」 誰に言うでもない悪態を吐いて、再び布団を被る。 何年も前の、それこそケツの青いガキの頃の傷だというのに、潰れそこなったこの左目は、時々戯れに痛みだすのだ。特にこういう、悪天候の続く日には。 気圧がどうとか気温がどうとか、そんな話を誰かから、何回か聞かされたような記憶はある。しかし、毎度聞き流しているものだから、それを誰から聞いたのかも、何故なのかもすっかり記憶に残っていない。 (……いいや、もとから引っかかってもなかっただけだな) 如何せんあっしは出来が悪いもので、などと、どこかの小話に出てくる小僧のような口調で独りごちて、すぐに自分は何をしているのかと我に返った。今日はあのうるさいのが居ないというのに、何故相手の壇上を思い起こすような事を言うのか。未だ覚醒しきらない頭で最初に浮かんでくるのがそれなのだから重症だ。 いつの間にかすっかりアレに毒されてしまったような気がして、なんだかムズムズと居心地が悪い。それをごまかすようにごろりと寝返りを打って、後ろの窓に背を向けた。 変な時間に目が覚めてしまったが、まだまだ朝と言うにも早すぎる。未だ眠気が残っているうちに、もう一度泥のように眠ってしまおう。そう思って、目を閉じた。
ズクリ、ズクリ—— 鼓動の速さに合わせて、潰れた目玉が痛む。
キシキシ、キシキシ
細かいガラスが擦れ合うような、耳障りな音がする。 あの時、取り出しきれなかったガラスの破片が残っているとでも言うのだろうか。 大きな破片はたしかに全部取り出された筈だが、ああ、それでも細かすぎるものは取り出せなかったのだろうか。であれば無理もない。どれだけの名医でも、見えないものは取り出せまい。ましてやあんな町医者だ。 だが、そうだとすれば、この目の奥で響く音は何なのか。
キシリ、パキン、ギシギシ、キシリ
音が響く。少しずつ、少しずつ、音が大きくなっていく。
ズクン、ズクン、ドクン、ドクン
少しずつ、少しずつ、痛みが強くなる。音に合わせるように、鼓動に合わせるように。 まるで目玉の奥に残ったガラスが寄り集まって、固まって、一つの結晶になっていくような。 そうしてやがて大きくなった結晶は、もはや眼球としての用など果たしていない、この左の眼窩を突き破ってしまうのだ。 (……そんな馬鹿な話があるかってんだ) 進んでいく夢現の妄想に、心の声で反論する。 否、その程度しか出来ることがない。 妄想に反論したとてこの痛みが収まることはないのだと、頭ではわかっている。 だがそうでもしていないと、この痛みをやり過ごせない。 患部を押さえたところで痛みが引くわけでもなし、他にできることと言えば、歯を食いしばって耐えることくらいだ。