――あァ、快い声だ、  そう思ったのが最初だった。

起きて、飯食って、作業して、寝て、刑務所ぐらしなんてその繰り返しだ。  面会に来る家族もいないし、兄貴分達だって暇じゃあない。  鉄砲玉として仕事を果たしたのだ、次の仕事はここで勤めを果たして組に戻ること。  そう自分に言い聞かせながら、毎日毎日、刑務所でのクソつまらない日々を耐えていた。  そんな時だった。「慰問」とかいう催しで、落語家が噺をしにやってくることになったのは。  生まれてこの方、落語になんて興味はなかった。枯れ木みたいな爺さんが、座布団に正座して何だか分からねぇ昔話をするというイメージしか持っていなかった。  とはいえ、刑務作業などをするよりも座っているだけの方がよっぽどいい。つまらなければ寝てしまえばいいのだ。  そう思って、俺は慰問会の会場に赴き、適当な席に座った。

しばらくして、実際に壇上に上がった男を見て驚いた。  イメージにあった枯れ木のような老人などとんでもない、どこにでもいそうな若い男がそこに座っていたのだ。  あの細い体をどうやって使って出しているのだろう。  朗々と通る声は耳に心地良く、眠気などどこかに行ってしまった。  そうして思ったのだ。「快い声だ」と。

――思えば、その時に俺はあいつの声に惚れていたのだろう。

そして、その声を持つあいつが欲しいと思った。  嫌がるのなら殴ってでも、手足を折ってでも、自分のものにしたい。  世界中のつながりから切り取って、自分のためだけにその声を使うようにしてしまいたい。  人を独占する方法など、俺はそれしか知らない。それだけ知っていればいい。  鳴き声も笑い声も、話し声も噺声も、全て俺のためだけに。  今も燻るこの馬鹿げた欲望のきっかけは、間違いなく、その瞬間に灯ったものだった。

最も、刑期を終えて出てみればいいのは見目と声だけで、一言喋れば精神を逆撫でし、二言目で俺の血管をプツンと切らせる天才だったのだから、一目惚れなんて信じてはいけない。  ツラを見れば罵倒の押収、手が出たことも1度や2度じゃない。1つ美点を見つけるたびに3つはムカつくところが見つかるときた。  この胸で燻る欲望が、なにかの間違いであって欲しいと未だに思う。

……なのにどうしてだろうか。

毎回毎回、いくつも見つかるムカつく点など、あの声一つで帳消しにされてしまう。  それもまた、ムカつく点のひとつなのだが。

ともかくそんなわけで、落語になんて興味がなかった俺は、何の因果か噺家なんぞが欲しいと思ってしまった。  ただし、あいつにとってあの時の俺は、話を聞かせた大勢の囚人の一人でしかないはずだ。あいつが覚えているはずがない。  だからこの一番最初の記憶は、何があっても……例えあいつが泣いて土下座して縋ってきたとしても、絶対に話さない。そう心に決めている。